雨の日に来た白~前編~

 人間というのは、大抵雨の日のお出かけを楽しむものではない。それは余程の変人か、物好きと周囲に解される。
 まだ一部の間では有名人なアスランは、雨の外出を好む傾向があった。
 もちろん、自分で他の人間に出会わないことを意図しているのだが、その日雨の時間になって、部品を買いに出かけたアスランが通りかかった公園で、奇妙な声を聴いた。
 ミューミュー、という乳幼児のような声で、不思議に思い辺りを見回してみると、小さな箱から、その音は響いていた。
「まさか……」
 段ボールの中に、子猫が二匹、身を寄せ合っていた。
「寒いんだろうなぁ」
 小さく震える子猫にそっと触れた時だった。
「ママァ、こっち」
「はいはい。あら……」
「お兄ちゃん、その猫、飼うの?」
「え? あ……いや」
 余りに小さかったのと、抱き上げた時、白い方も磁石のようにくっついてきたので、二匹とも腕の中にいれてやったのだが、丁度幼年学校へ入学する年頃の子供は、残念そうにアスランを見た。
「僕が、飼ってくれるのか?」
「うん。でも、二匹いたんだね。僕がさっき覗いた時は、一匹しかいなかったんだ」
 彼は黒い子がお気に入りのようだった。迷いなく、アスランの手から黒い方へ手を述べると、慣れた手つきで子猫を抱き上げた。
「僕のクロスケ、去年亡くなったの。でね、この子はクロスケの生まれ変わりなんだ」
 なんとか追い付いたらしい親が、少し息を切らせながら、ようやく彼の元に辿り着いた。
「ママ、ほら」
「あぁ、本当ねぇ。真っ黒な子ね」
「クロスケでしょ、僕の」
 そうね、とまだ若い彼女は言い置いて、苦笑いしていた。どうやら彼は小さな時から猫とを一緒に過ごしていたらしい。
 その場の流れから、余ってしまった白い猫を見捨てるわけにもゆかず、アスランは自分のパーカーの中に子猫を移動させた。もう目が開いていた。蒼い瞳のお嬢さんだった。
「イザークに怒られるだろうなぁ……」
 何故かイザークは猫も犬も、飼わない事を決めていた。あまりに頑ななのでエザリアに探りを入れたところ、やはり小さな時に一度飼って、亡くなってしまったのだ、という。
 一度辛い気持ちを味わうと、二匹目という存在はなかなか踏み出せないものだ。
 えてして、不意をついた形が良いのかも知れない、とアスランは取りあえず子猫を本宅へ連れてゆかず、温室に連れ帰った。
 もちろんイザークはことある事にアスランが自分の温室にいることを知っているので、隠し立てするつもりはなかった。
 二人が逢った時、イザークは奇妙に白い毛並みの猫を見つめていたのをアスランは記憶することになる。

                            明日へ続く

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アカデミー祭り~タンゴのリズム~

「―――っていうか、これ、か?」
「なんでも、流行ってるんだって」
 やってきました、ザフトレッド受難のアカデミー祭。今年は簡単な出し物で難を逃れようとしたことが問題の始まりだった。
「別に僕がピアノを弾くのはいいですけど、これって以外とリズムとると、難しいですよ?」
 『タンゴ三強大』は、リズミカルな音楽だが、タンゴを意識しながら踊るのは、踊ったことのない人間―――この場合、アスランにとって異様に難しい事なのだ。
「俺はいくらでも踊ったことあるけど」
「ディアッカはな」
「貴様は女子と密着出来るから、ってタンゴばっかり踊っていただろうが」
 怒鳴っているが、一応形ばかり踊れるイザークは、一生懸命ステップを覚えているアスランを蒼瞳に映した。
「お前、踊ったことないのかっ」
「な、い―――流石に、タンゴは」
「―――婚約者がいるくせに、情けない奴だな」
「ラクスがああいった踊りをするはずないだろうっ」
 この時、まだ互いの心内を知らず、またアスランには歴とした婚約者がいたため、イザークはことある事にアスランに食ってかかっていた。
「まぁ、そんなしっかりやることないんじゃない?」 
「でも……本当にいいですか? クルーゼ隊長、舞台で踊る赤全員に、チャイナドレスを着せるって言ってましたけど―――」
 なんですとっ!
 ディアッカは良からぬ方向へ妄想を膨らませていると、アスランとイザークは当てにならないと思ったのか、ポージングのことについて二人、話し合っていた。
 そんなこんなで迎えた出演当日、
「それでは、現ザフトレッドのエース達によります、タンゴの魅力。伴奏はニコル・アマルフィ、右翼にアスラン・ザラ、左翼にイザーク・ジュール、中央で踊りますのは、ディアッカ・エルスマンです」
 もう、どっかの踊り子さんな気分だ。しかし、この五分さえ乗り切ってしまえば、十分楽しいお祭りだけに、とにかくこの音楽が流れている間、自尊心を忘れよう、とアスランは思っていた。
 楽しげに、
「お先ぃ♪」
 と中央に構えたディアッカが慣れているのか、以外と綺麗な脚線美をスリットから覗かせていた。
 幕が上がった途端、きゃーきゃー、という悲鳴のような歓声のような声があがり、こともあろうか時折下着が見えそうになっている。
「―――やりすぎだって、ディアッカ……」
 ただでさえ高いヒールなど履き慣れず、その上タンゴを踊らねばならないというプレッシャーに押しつぶされそうな時に、その行動だったので、アスランは虚脱状態に陥った。
 取りあえず笑顔をキープしたまま舞台に出た瞬間、アスランは来るはずのなかった父が、じーっと招待客席から見ているのに気づいた。
 完全凍結。
「あの、馬鹿っ」
 次にイザークの登場だったのだが、一人妖艶に舞っているディアッカの前をつかつか進み出て、そのまま呆然としているアスランの手を取ると、誤魔化しにかかった。
「ほう、今年の踊り子さんは美人揃いだね」
「ははは、あれは妻に似ましたので」
「本当に。うちのイザークさんと列んでいるとどこのお嬢さんかしら、と思いますわねぇ」
 息子達の胸中を知らない親達が、そんな親バカ台詞を連発しているとは、露も知らない踊り子達は、舞台を切り抜けることで必死になっているのだった。

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愛されるということは

 麗らかな春の日射しが射し込む午後、アスランは太陽を見上げた。
 夏へ向けて、日射しが緩やかだが温かくなってきている。
 温室にいると、全く気づかないのが当然といえば当然で、ここの場所はカガリも言っていたが、オーブの四季に似ていると。
「しかし」
「な、なんだ?」
「お前も愛されてるな―――、普通ここまで自由を赦さないだろ? イザーク・ジュールって結構束縛系だと思ったけど」
「うっ」
 実はアスランも不思議に思っていた。
 何故、イザークは自分の自由をこんなに赦すのだろう、と。
 しかし、自由にさせることと、愛していることは違うはずだ。
「カガリはどう思う?」
「だから、愛されてるって」
「愛と自由にさせることは違うだろう?」
「? どうして?」
 カガリはきょとん、とした眼差しをアスランに向けた。
「俺には、解らないよ」
 俺は馬鹿だから。
「うーん、こういうことを人様に言われないと解らないというのもなかなか問題があるが―――」
 噴水の前で両頬を掌で覆いながら、カガリは水面を覗き込んだ。
「好きだということと、愛されるということは違うと思うんだ」
「……」
「お父様は、私の、今思えば破天荒だった、という行動も、全て承知していてくれたんだ。私ならやりかねない、と。つまりはそういうこと」
 確かに今日、ボディーガードも付けず、単独で個人宅へ遊びに来るようなカガリは、公人としてはなんとも周囲を心配させる。
 それが愛らしいとも言えるのだが、一般人としては安易に答えられず、アスランは水を捲くホースを持ったまま、呆然としてしまった。
「イザークは、俺だから赦せないことはあっても、俺だから赦すと言うことは―――」
 にまっとカガリが笑う。
「それは逆説になるだろ? 赦せないのは、赦している、からなんだよ」
 ますます解らない、という表情のままアスランは沈黙した。
「アスラン、お前この先、彼と駄目になったから、といってキラの所へ戻ってきても、もっと解らないぞ? キラの方がもっと難しくて、もっとややこしいぞ? 私は彼の方が百万倍解りやすいと思うのだが―――」
 カガリがぽつりと云った。
「なんだかカガリが云うと説得力があるな」
「そりゃあそうだ。私はキラのお姉さんだからな」
「お兄さん、じゃなく?」
「ありえん! 私がお姉さん、だ」
「―――喧嘩、したんだね?」

 アスランは俯いて唸っているカガリの表情を水面で見た。

「負けたくないのはいいけど、カガリ。カガリだからこそ出来るということをしたらいいんだよ。キラはもう、丈夫なんだから襤褸ぞうきんになるまで使ってやれ」

「お前……幼馴染みのくせに酷い事を言うな」

「そりゃあ、あいつの力は幼馴染みだからこそ知っているしね」

 あぁ、うん。

 愛されるということは、ただ一人じゃないと気づかされることなのだ―――ぽんぽん、とカガリの肩に手を置いて、アスランは珍しくおにいさん顔をしていた。

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春のかをり

 何処かが故障したらしい。そういう報せを受けはしたが、明確な場所は伝えられなかった。
「―――参った」
 アスランは温室で、暑さのあまり一言ぼやいた。
 午後にはイザークも戻ってくるだろう。最近徹夜の仕事が多く、突貫工事のように軍に詰めているので、すれ違いも多かった。
 人事の異動らしいが、内容は妻といえどアスランに伝えるわけにはいかない。
「明日から三日、午後には戻ってくるから、貴様も待機していろ」
 銀の髪の持ち主は、さらりと言った。
「あれ? イザークまた、背が伸びた?」
「さぁな。最近どうでも良くなってきていてな、それよりも忘れるなよ」
 という玄関口で再度釘を刺された挙げ句、手早く温室の仕事を片付けようとしたらば、温度調節のショートらしいのだ。
 基本的にアスランの配下ではないので、口出しをせずに、この真夏のような気候の温室の中、必死に水まきをしている自分が厭になってくる。
「そもそも……直します、といって直して水まきをした方が、早かったかもしれない……」       滅多に愚痴をいうアスランではないだけに、自分で言っていて、はっとした。
「結構、暑いな―――うーん」
  空調が止まるということは、温度も比例するように温室は高くなるわけで、それでなくとも午後からイザークに何処か連れて行かれるはずだ。
「うーん」
 厭なような嬉しいような、嬉しいような厭なような。
 アスランがそうやってネズミ回路の堂々巡りをしながら、少しでも水を与えようと方向を変えたときだった。大きなアロエが視界の中で踊っていた。
「?? なん―――」
 葉っぱは言った。
「ようこそ、サボテンの国へ」
「サボテンの、国?」
「そう、春一夜、貴男が端正込めてくれた僕は、きょう咲くから見ていてね」
 ―――なんだ?
 随分良い香りがした気がする。
「―――スラン、アスラン、大丈夫かっ、アスランッ」
「……あれ? イザーク?」
「ば、馬鹿か、貴様はっ! いくらコーディネイターでも熱中症になるっ! 温度を見てみろっ」
「あ、電気系統回復したんだな」
「そういう問題かっ」
「……イザーク、今日、お出かけしたくない」

「なん、だと?」
「サボテンのね、精が来て、今日咲くらしいから、一緒に見よう―――月下美人」
「月下美人? なんだそれは」
「夜にしか咲かない、サボテンの花。以外といい匂いして、一夜しか咲かないような儚さかと思ったら、以外と手入れをしなくてもすくすく育つ―――まるでイザークみたいだな」
「なっ」
「月の―――銀色の光を受けて、綺麗だと思うな」
 どうせ貴様は、花のことなら臆面もなく美しいだと綺麗だの、と言えるのだろう、とイザークは瞬間立腹したが、ふと矛先を治めた。 「まぁ、貴様の我が儘に付き合ってやる―――滅多に言わないしな」
 かをりに酔ったのか、二人は春先に随分と仲良くなったのでした。

 ちなみに、月下美人は本当に手間が以外とかからず、ぽんと咲いてくれます。
  もし、園芸に興味がある方はお試しあれ。 つっても、やっぱり手間はかかるけどね☆

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